救急車初体験!

この世に生を受けて46年、2度救急車のお世話になったことがある。
一度は、つい最近の尿管結石の発作。<産むはやすし・・・>
もう一度は、救急車初体験となった、痛風発作の時である。

今から5年前、当時はすでにサッカーも始め、夏場のプチ発作に悩まされることがよくあった。
この時も、月曜日に始まったプチ発作が、火曜日にはかなりの痛さになっており、その日のお昼ぐらいからは、靴も履けないほどの状態になった。
これ以上痛くなればアウトだなと思い、大量の水分補給をしては、なんとかしのごうとしたが、夕方から夜にかけてますます痛くなっていった。
そして次の日の明け方、大型の発作がやってきたのだ。
その日は大事な打合せがはいっていたので、さっさと治ししてしまおうと思い、救急病院行きを決める。
ちなみに痛風発作は、大事なときほど起こりやすい。

痛みに耐えつつ、24時間診療のT病院に電話を入れてみると、「危ない患者さんの手術中で、来ても待つことになると思うよ・・・」と、知らなくていいことまで教えてくれる。
待つのは辛いので、夜間急病センターに向かうことにした。
発作は左足だったので、オートマ車はなんとか運転できた。 途中、急病センターに電話を入れてみる。
「痛風なんですが・・・」
「えっ、痛風ですか?うち薬おいてませ~ん」
いま考えれば、特効薬のコルヒチンを置いてないだけで、鎮痛剤はあったはずなのに、あまりの対応ぶりに、電話をぶち切ってしまった。

希望がなくなると、急に痛くなる。もう限界だ!
藁にもすがる思いで、生まれて初めて119番してみた。
「あの~、痛風なんかで電話したんですけど・・・来てもらえますか?」
「はい、大丈夫ですよ」
助かった!! 救急車はすぐにやってきた。
車を捨て、片足ケンケンで乗り込む。そんなだったらタクシーでいいじゃないかと思うなかれ。
確かにからだは救急車のお世話になる必要はなかったかもしれない。 でも2カ所から断られている以上、お上のパワーで病院に連れってもらわない限り、いつまでたっても治療を受けられない危険があったのだ。

乗り込んですぐ出発するものと思いきや、脈や血圧を測りながら、問診。
かかりつけを尋ねられ、当時、ザイロリックを処方して貰っていたJ病院を教える。 すると、救急病院ではなく、こちらへ搬送されてしまった。わずか1キロもない距離、救急車初体験は、走行わずか5分で終わった。

この初体験で学んだこと
・119番すれば救急車は必ず?来てくれる
・救急車は搬送先を決めるまで動かない(重体だと分からないが・・・)
・かかりつけの病院へ搬送するのが原則らしい
・受け入れを依頼された病院は原則的に断らない(断れない?)
ということで、休日や夜間は、このお上の威光を利用したほうがよい
・緊急性のない患者の時は、救急車はたいしてスピードを出さない(感じがした)
(2004.4)

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>>病 歴 
最初の発作から十余年。いまだにプチ発作を繰り返す不良患者。

>>救急車初体験!(このページ)
痛風ごときで救急車!

>>プチ発作の予感 
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